グーグー?ヒューヒュー?〜肺音の世界へようこそ〜 今日も聴診器で推理探偵
1. 導入:聴診器は肺音の“探偵ツール”
あなたが患者さんの胸に聴診器をあてたとき、そこで聞こえる「音」は、体の中で何が起きているのかを教えてくれるヒントです。
例えば、捻髪音は肺胞レベルの変化を、笛音は気道の狭窄を示すサインかもしれません。
肺音を正しく理解し、記録・報告に活かすことは、看護師にとって、とても大切なスキルとなります。
1. そもそも肺音ってなに?
肺音は、呼吸時に気道や肺で発生する音のことです。
私たちが聴診器で耳を傾けると、「スーッ」という正常な呼吸音だけでなく、「パチパチ」「ヒューヒュー」といった異常音が聞こえることがあります。
これらの音は、肺や気道の状態を示す大切なヒントになります。
2. 副雑音とは?(正式名称+略称+英語表記の背景)
- 副雑音(adventitious sounds)=正常呼吸音に追加で聴こえる異常な音。
- 現在は正式名称での記録が主流。
- 一方で、昔は略称(捻髪音・水泡音・笛音・いびき音)で習った医療者もおり、医師記録では英語表記が使われることもあります。両方に慣れておくとカルテが読みやすくなります。
3. 副雑音の分類と特徴(視覚・触覚・擬音つき)
正式名称(日本語) | 略称(旧称) | 英語名 | 擬音・触覚イメージ | 主な臨床的背景 |
---|---|---|---|---|
細かい断続性副雑音 | 捻髪音 | Fine crackles | 髪を指でこする・ビニールを揉むような「パリパリ」 | 間質性肺炎、肺線維症、早期肺水腫 |
粗い断続性副雑音 | 水泡音 | Coarse crackles | 水中でストローを吹く、大きな泡がはじける「ブクブク」 | 肺炎、心不全、気道分泌物貯留 |
高音性連続性副雑音 | 笛音 | Wheezes | 狭い管を通る空気の「ヒューヒュー」 | 喘息、COPD増悪、気道狭窄 |
低音性連続性副雑音 | いびき音 | Rhonchi | 持続する低音の「ゴロゴロ」 | 気道内分泌物増加、慢性気管支炎 |
胸膜摩擦音 | ― | Pleural friction rub | 紙やすり/革靴をこする「ギシギシ」 | 胸膜炎、肺梗塞に伴う胸膜炎症 |
補足:記録は正式名称が基本。ただし略称・英語表記もカルテに出現するため、三種併記で理解しておくと情報共有がスムーズです。
4. 似た音の比較と見分け方
- 細かい断続性副雑音(fine crackles) vs 胸膜摩擦音
捻髪音:吸気終末に限局、体位や咳で変化しにくいことが多い。
胸膜摩擦音:吸気・呼気の両方に連続して聴こえ、局在がはっきり。衣擦れと紛らわしいのでチューブ接触音に注意。 - 粗い断続性副雑音(coarse crackles) vs 低音性連続性副雑音(rhonchi)
粗い断続性:泡がはじける断続音。咳や体位で変化しやすい。
低音性連続性副雑音:低音の連続音。分泌物が多いと発現、咳で一時的に軽減することあり。
5. 症例と詳細アセスメント(読む→考える→動く)
事例1:粗い断続性副雑音(水泡音)+発熱
記録例:
両側下肺野に粗い断続性副雑音(水泡音:Coarse crackles)を聴取。深呼吸で増強、体位変換後も改善せず。
発熱38.2℃、湿性咳嗽、黄色粘稠痰。呼吸数26/分(正常12〜20)、SpO₂92%(RA/正常95〜99%)。
- 推論:粗い断続性副雑音→液体または分泌物が貯留している。発熱+膿性痰→細菌性肺炎を第一候補として考えていきます。既往に心不全があれば肺うっ血も疑います。
- 必要観察:SpO₂の推移、痰量・色、呼吸回数・呼吸様式(努力呼吸)、体位での変化します。
- 看護介入:酸素化目標に応じた投与、体位ドレナージ・加湿・咳嗽介助、採痰・X線準備、発熱時の水分管理をしていきます。
- 報告要点:音の種類/部位/変化、バイタル、SpO₂、痰性状、既往、画像・血液所見の有無を確認していきます。
事例2:高音性連続性副雑音(笛音)+呼吸困難
記録例:
全肺野で高音性連続性副雑音(笛音:Wheezes)を呼気時優位に聴取。呼気延長、会話困難、使用筋あり。SpO₂88%(RA)。
- 推論:気道狭窄(喘息/COPD増悪)。*サイレントチェスト出現は重症サイン。*重度の気道閉塞(特に喘息の重篤発作)*見られる危険なサインです。
これは気道が極端に狭くなるか、分泌物などでほぼ閉塞してしまい、空気の流れ自体がほとんどなくなるため、呼吸音が消失します。
そのため「症状が軽くなった」のではなく、肺に空気が入らないほど危険な状態を意味します。 - 必要観察:薬剤吸入後の反応(*SABA吸入後の変化)、ピークフロー/FEV1(可能なら)、誘因(冷気・アレルゲン)。
*β₂刺激薬:気管支の平滑筋を拡げる薬。短時間作用型:効果発現が早く、作用時間が4〜6時間程度。
一時的な気道狭窄の改善や急性喘息発作などで使用される。 - 看護介入:酸素投与(COPDは88–92%など医師目標に沿う)、SABA/抗コリン吸入準備、起坐前傾位、トリガー回避。
- 報告要点:高音性連続性副雑音の分布・強度、SpO₂、会話可能距離、既往・誘因、吸入後の反応。
事例3:胸膜摩擦音+胸痛
記録例:
左下葉領域で胸膜摩擦音(Pleural friction rub)を吸気・呼気で聴取。咳で変化なし。深呼吸で胸痛増悪、微熱。
- 推論:胸膜炎。肺炎随伴、
- 推論:胸膜炎。肺炎随伴、肺塞栓症後の胸膜炎なども鑑別。
- 必要観察:疼痛VAS、SpO₂、呼吸パターン(浅表化)、発熱。
- 看護介入:疼痛コントロール、体位調整、浅表呼吸固定の予防(咳嗽・深呼吸の安全な指導)。
- 報告要点:音の局在/持続、咳による変化の有無、胸痛の性状、バイタル・リスク。
6. 現場での“失敗あるある”と回避法
- 一度だけ聴いて判断 → 咳後に音が消える(分泌物)ことがあります。そのため再度肺音を聴取するのを習慣化していきましょう。
- 衣服・チューブ接触音を副雑音と誤認 → チューブ固定と接触排除、同部位で再確認していきます。
- 一箇所だけ聴く → 左右対称・複数点で比較しましょう(前後・上下)。
7. 即行動+臨床推論マップ
Step 1:即時対応(安全確保)
- 体位変換 → 再聴取(音の変化を確認)
- 咳嗽誘発 → 変化すれば分泌物由来の可能性↑
- SpO₂測定 → 低下あれば酸素管理を検討
- 医師報告(音の性状・部位・変化・バイタル)
Step 2:原因探索(看護師の臨床推論)
- 病態レベル:肺胞?気管支?(音の高さ・粗さ・分布)
- 経過:急性/慢性(発症時期・日内変動)
- 既往:COPD、心不全、嚥下障害・長期臥床(誤嚥性)
- 随伴所見:発熱、痰(膿性/血性)、RR、チアノーゼ、X線・採血があれば確認
Step 3:医師と共有する情報テンプレ
- 所見:音の種類・部位・変化の有無
- 背景:既往歴、現病歴、発症時期
- 関連症状:バイタル、SpO₂、発熱、痰の性状
- 推定病態(暫定):例「肺胞性の炎症・分泌物貯留を示唆」
- 次の一手:酸素管理、喀痰支援、検査依頼の提案
Step 4:次の学びへつなげる(予告)
肺音の評価は、検査所見と組み合わせることで精度がぐっと上がります。次回は、
- 胸部X線:浸潤影・無気肺・うっ血像の見方
- 血液検査:CRP/白血球と感染、動脈血ガス(ABG)で酸素化と換気の評価
- スパイロメトリー:閉塞性/拘束性パターンの読み分け
を看護の視点で解説していきます。この記事で学んだ「音」を、次回は「画像・数値」に結びつけて、臨床推理をさらに深めていきましょう。
8. まとめ表(おさらい)
正式名称 | 略称 | 英語名 | キーワード |
---|---|---|---|
細かい断続性副雑音 | 捻髪音 | Fine crackles | 吸気終末・パリパリ・線維化/早期肺水腫 |
粗い断続性副雑音 | 水泡音 | Coarse crackles | ブクブク・咳/体位で変化・分泌物/肺炎/うっ血 |
高音性連続性副雑音 | 笛音 | Wheezes | 呼気時優位・気道狭窄・喘息/COPD |
低音性連続性副雑音 | いびき音 | Rhonchi | 低音持続・分泌物・咳で軽減も |
胸膜摩擦音 | ― | Pleural friction rub | 局在・ギシギシ・胸膜炎 |
看護師は「異常な状態だから報告する」だけでなく、その背景や原因を考えることが大切になります。
それは原因を推測しながら観察し、医師と共有することで、診断・治療のスピードと精度が上がります。
また、異常音は症状の進行や改善の指標にもなります。
そのことにより次のケアに繋げることにより、より良い看護につながっていきます。
今日も元気にファイト!!